アプリを作り、公開するところまでは進められた。それでも、必要な人に届くとは限らなかった。そこからBusiness OSという事業運営の仕組みを考えるまでを、前編・後編で残しておきたい。

前編では、JDCで直面した問題から、市場の観測とAIを使う仕事の目的を考え直すまでを扱う。

1. 公開した。でも、ほとんど人に届かなかった

公開したアプリと紹介物があっても、必要な場面へ届く道が途切れているイラスト

アプリを作って、App Storeに出した。紹介する動画も作って、YouTubeに投稿した。ランディングページ、つまり製品を紹介するWebページも用意した。SNSも使おうとしている。

そこまで進めても、思ったようには人に届かなかった。

私が作ったのは、Japan Dining Card。ここからはJDCと呼ぶ。日本を訪れる外国人旅行者が、飲食店で自分の食事条件や意思を伝えるための、軽量なアプリだ。

アレルギーや食事制限を伝えるカード、注文や意思表示のためのカードを、店員に画面で見せて使う。主要な機能はオフラインでも利用できる。日本語が得意でなくても、食事の場面で「伝える」「確認する」を支えたいと考えている。Japan Dining Card公式ページ

少なくとも、製品を形にして公開するところまではできた。

これは、私にとって小さなことではなかった。AIやCodexを使い、一人でもアイデアをコードにし、問題を直し、公開まで進められる。以前より、作れるものの範囲は広がったと感じている。

だからこそ、その先にあった壁がはっきり見えた。

作れるようになったことと、売れるようになったことは、違っていた。

公開できる状態にするためには、やることが比較的見えやすい。必要な機能を決める。実装する。動作を確認する。ストアへ出す。もちろん簡単ではないけれど、何を進めればよいかは追える。

ところが、使ってくれる人へ届くまでの道筋は、同じようには見えていなかった。

App Storeに置いたことは、必要な人がそこで見つけたことを意味しない。動画を投稿したことは、その人が見てくれたことを意味しない。紹介ページを作ったことも、そこで価値が伝わったこととは別だ。

私は、公開するための仕事を進めていた。一方で、公開したものが、誰の、どんな場面に入り込むのか。そのつながりの設計は、まだ弱かった。

ここで売上や利用者数を成功談として語れるわけではない。むしろ、この原稿の出発点は、作って出したのに、ほとんど人に届かなかったという現実にある。

AIによって製品を作る速度が上がっても、事業を作る難しさまで、自動的に消えるわけではなかった。

2. YouTubeの話が、自分の問題として聞こえた

開発の背景を伝える話が、同じ課題に関心を持つ人との接点になるイラスト

そんな自分の状況と結びついたのが、個人開発者向けのYouTube動画だった。

きっかけになったのは、入江慎吾さんのチャンネル「入江慎吾 / AIと個人開発」の動画、「【集客】個人開発でリリース時に200人に使ってもらう方法」だ。

ここでは、その話を自分のJDCの経験に重ねて、何を考え直したかを残している。詳しい内容や話の文脈は、元動画もあわせて見てもらいたい。

【集客】個人開発でリリース時に200人に使ってもらう方法 — 入江慎吾 / AIと個人開発
YouTubeで見る ↗

動画を見て私が受け取ったのは、作ることに集中するだけでは足りない、という話だ。開発に時間をかけて製品を公開しても、知ってもらう方法を考えていなければ、使われないことがある。公開の日に一度告知するだけではなく、開発前や開発中から、自分の課題や体験を伝えていく。その過程に関心を持つ人との関係が、公開時にもつながる。

Audienceという言葉も、そこで自分に引き寄せて考えた。ここでいうAudienceは、単なるフォロワーの合計ではない。発信している課題や活動に関心を持ち、話を聞いてくれる人たちのことだ。

大きな数字があっても、製品の課題と接点がなければ、利用にはつながらないかもしれない。人数が少なくても、その問題を自分のこととして感じている人がいれば、反応の意味は変わる。

機能の説明より、なぜ作ったのか、何に困ったのか、どこで試行錯誤したのかを伝える。そのStory、つまり背景のある話が、人にとっての入口になる。私は、そういう考え方として受け取った。

ただし、動画で語られた方法を、そのまま正解にするつもりはなかった。ある人にうまくいった発信が、別の製品や別の生活条件でも同じ結果になるとは限らない。

私にとって大きかったのは、成功するSNS運用の手順を知ったことより、JDCの状況を見直す言葉ができたことだった。

私は「何を作ったか」は説明できる。でも「なぜ、その人が今それを必要とするのか」は、同じだけ具体的に説明できていただろうか。

アレルギーのカードがある。オフラインでも使える。軽いアプリである。これらは製品の特徴だ。しかし、旅行者が店員を前にして言葉に詰まる場面と、その特徴の間を、私は十分につないでいただろうか。

開発と発信には、どちらにも価値を相手へ渡す仕事が含まれている。コードを書くところで価値が完成したと考えると、相手が受け取るところまでを見落とす。

動画の話は、一般論として聞けば知っているような内容だった。それでも、自分が作ったJDCに重ねると、聞こえ方が変わった。

「良いものを作れば、そのうち見つけてもらえる」という期待を、私はどこかに残していたのだと思う。

3. でも、毎日発信する生活にはできない

時間や生活の条件を踏まえ、市場から学ぶ方法を選ぶイラスト

それなら、自分の経験を発信し続ければよい。

そう考えたところで、次の問題にぶつかった。

私には本業がある。家族がいる。開発も続けたい。YouTuberとして毎日撮影し、編集し、投稿するための時間を、簡単に増やせるわけではない。現時点では、自分自身を生映像で強く露出することにも積極的ではない。

発信の重要性に納得することと、その方法を自分の生活に組み込めることは、別だった。

もし「事業をやるなら、まず本人が毎日登場する発信者にならなければならない」と考えてしまえば、私の選択肢は急に狭くなる。

そこで、動画の方法を、自分に合う形へ読み替えられないかと考えた。

発信の材料として大事なのが、現実の課題や具体的な経験だとしたら、すべてを私自身の生活から生み出す必要はあるのだろうか。

JDCが向き合うのは、外国人旅行者の食事中のコミュニケーションだ。その現場を毎日経験しているのは、私よりも、旅行者本人かもしれない。

日本食を楽しみたい。でも日本語を話せない。食事制限を説明したい。メニューが分からない。注文のやり取りが不安だ。こうした課題について、公開された投稿やレビュー、動画へのコメントには、当事者が語る経験を探す余地がある。

ならば、私はまず、それを継続的に観測する仕組みを考えればよいのではないか。

自分が毎日カメラの前に立つ代わりに、市場で起きていることを、継続して学ぶ。

もちろん、他人の体験を自分の体験として語ってよいという話ではない。当事者の投稿があっても、書かれた内容のすべてを外から確認できるわけではないし、一人の経験で市場全体を代表させることもできない。

自分の経験を発信することと、他者の経験から課題を学ぶことは、役割が違う。それでも、後者を続けることによって、自分が何を作り、何を確かめ、何を伝えるべきかを考える材料は増やせる。

私が発信できるのは、その観測からどんな仮説を立て、自分の製品で何を試したかという、自分自身の探索でもある。

このあたりから、考えている仕事が「SNSをもっと頑張る」だけではなくなってきた。

4. 投稿を集める前に、何を知りたいかを分けた

市場の声や検索、注目、レビュー、結果を、種類ごとにノートへ整理するイラスト

市場を観測する。この仕事を、Market Intelligenceと呼ぶことにした。市場の情報を集め、判断に使える形で理解する、という意味だ。

ただ、X、YouTube、Reddit、TikTok、レビュー、Webを見ればよい、と並べただけでは、仕事の形にならない。

情報は集まっても、何が分かったのかが曖昧なままになる。旅行者の困りごとと、よく検索される言葉と、突然伸びた動画が、一つの「市場情報」の箱へ入ってしまう。

そこで最初に、Signalを五つに分けた。Signalは、判断の手がかりになる兆しや情報のことだ。

Signal知りたいことJDCで考える例
Voice Signal人が何に困り、何を望んでいるか店員へ食事条件を伝える際の困りごと
Demand Signalどんな情報が探されているか日本旅行と食事制限に関する検索の動き
Attention Signal今、何が注目されているか食事中の言葉の壁を扱う話題への反応
Competitive Signal既存の解決策は何を満たし、何を残しているか翻訳やカードなどに対する評価と不満
Outcome Signal自分の製品や施策で何が起きたかJDCの利用、反応、売上など、取得できた結果

この区別をして、Xの一投稿とGoogle Trendsの検索推移は、同じEvidenceではないと整理できた。Evidenceは、判断を支える根拠のことだ。

ある人の投稿は、その人が何に困ったと述べているかを知る手がかりになる。でも、それだけで同じ課題を持つ人数までは分からない。

検索の動きは、関心の変化を考える材料になる。しかし、検索した人が困っているのか、ニュースを見て気になったのか、購入したいのかまでは、数字だけでは分からない。

Google Trendsについても、表示値は検索件数そのものではなく、地域や期間に応じて正規化された相対的な検索関心だ。100という表示を、100人の顧客や100件の検索と読み替えることはできない。Google公式「トレンドのデータに関するよくある質問」

注目を集めた投稿があることと、継続的な需要があることも、分けて考えたい。反応が多いのは面白いからかもしれないし、議論になっているからかもしれない。

競合への不満にも、前提がある。その人が求めた使い方と、製品が想定した使い方が違うだけかもしれない。一方で、既存の方法で十分だという声も、見落としたくない。

自分の結果を見るOutcome Signalも大切だ。市場に課題がありそうでも、JDCが役に立つ形になっているかは別に確かめる必要がある。ただし、まだ取得していない利用状況を、取得済みのようには扱えない。

五つに分けた目的は、情報の種類を増やすことではなかった。その材料で言えることと、まだ言えないことを、区別するためだった。

5. 現実を拾う仕組みも、思い込みで動いてしまう

仮説に合う声だけでなく、反対の手がかりや元の根拠も確かめるイラスト

市場を継続的に観測する、という考えには、魅力があった。

毎回ゼロから調べる代わりに、新しい声を見つけ、過去の声と比べ、課題の変化を追える。JDCのために得た情報が、機能を考える材料にも、説明を直す材料にもなる。

ただし、ここにも落とし穴がある。

私が「食事制限を伝えるのは難しいはずだ」と思って、その話だけを探せば、難しいという声ばかり集まるかもしれない。公開投稿で見つかりやすい人と、何も投稿しない人では、経験が違う可能性もある。

困っている人の投稿は具体的で、読み物としても強い。だからこそ、その話の強さと、課題の広がりを混同しやすい。

AIに要約させれば、その混同が見えなくなることもありそうだ。一人の体験が「旅行者はこう考える」という滑らかな文章になった瞬間、元の根拠より主張が大きくなる。

それを防ぐには、元の情報へ戻れるようにしたい。いつ、どこで、どんな文脈で書かれたのか。本人の経験の記述なのか、別の人の話なのか。複数の独立した声なのか、同じ話の転載なのか。

公開されていることと、自由に収集して再利用できることも同じではない。取得方法や利用条件を確認し、不要な個人情報を残さない。市場の課題を理解するために、個人の情報を大量に抱える必要はない。

まずは、取得できる範囲の少量の情報でもよい。その意味と限界を残し、仮説に合わない声も見る。

これなら、情報をたくさん集めること自体を成果にせずに済む。

必要なのは、私の考えを補強する材料だけを探す装置ではない。作ったものが市場とずれているかもしれない、と気づける仕組みだった。

この観測を、実際の開発や発信へどうつなげるか。そこを考え始めたとき、別の場所で検討していた話と合流した。

6. AIをどう動かすかより、先に決めることがあった

AIを動かす前に、目的に合う仕事のカードを選ぶNaoto

私は別途、AGI Cockpitの改修について考えていた。

複数のAIやCodex、Claude、さまざまな道具を、どう使い分ければよいのか。仕事をどう渡し、何を確認し、どこで判断を戻すのか。AIを動かす環境を、もっと整理できないかと検討していた。

その細かな設計は、ここでは扱わない。今回の話に必要なのは、考える順番が変わったことだ。

市場の情報を集める。課題を整理する。JDCを直す。説明するコンテンツを作る。反応を見る。

こうした仕事を並べると、AIの配役を決める前に、もっと上位の判断があると分かった。

そもそも、何のためにその仕事をするのか。

新しい機能を作るべきなのか。それとも既存の機能の説明を直すべきなのか。今、調べるべきなのは競合なのか、利用する場面なのか。限られた時間を、どこに使うべきなのか。

AIへ上手に依頼できても、選んだ仕事が市場の問題とずれていれば、ずれた仕事が速く終わるだけかもしれない。

私が整えようとしていたのは、仕事を実行する側の仕組みだった。しかし、実行する仕事を選び、その結果から次の仕事を変える仕組みも必要だった。

そこで、Business OSという考え方が、AGI Cockpitの上位に見えてきた。

Business OSは、Business Operating System、事業運営システムという意味で使っている。パソコンのOSを作るという話ではない。事業を進めるルール、情報の受け渡し方、仕事の流れ、判断の基準を、一つのつながりとして捉えるための呼び名だ。

一方、AGI Cockpitには、その事業活動から生まれる仕事を、AIや道具を使って実行する役割を考えている。Control Plane、つまり、実行を整理し制御する層としての位置づけだ。

Business OS、AGI Cockpit、AIや道具の役割と、結果を判断へ戻す関係

この図は、今の構想の関係を示している。すべてが実装され、実際の事業運営で効果を確かめたという意味ではない。

「よりうまくAIを使う」ことが、「より意味のある仕事をする」ことへつながるには、その間を設計する必要がある。

AGI Cockpitをいじろうとしていたからこそ、私は、その外側にある問いへ戻った。

7. 市場を見るところから、学ぶところまでを一周にする

市場観測から製品、発信、結果の学習を経て、再び市場へ戻る循環のイラスト

Business OSと呼ぶ前から、それぞれの仕事は存在していた。

市場を調べる。戦略を考える。製品を作る。動画を作る。販促をする。数字を見る。これらを私が発明したわけではない。

変えたかったのは、それぞれの仕事のつながりだった。

以前の捉え方だと、開発は開発、発信は発信、市場調査は市場調査になりやすい。アプリを作り終えたら、次は動画を作る。動画ができたら、次はSNSへ投稿する。進んでいるようでも、前の仕事で分かったことが、次の判断に十分使われていないかもしれない。

JDCで見つけた困りごとが、何を作るかを変える。同じ困りごとが、何を説明するかも変える。実際の反応が、最初の困りごとの捉え方を変える。

そういう循環にしたかった。

市場から製品、発信、利用者、学習を経て再び市場へ戻る概念的な循環

これをClosed Loop、結果が次の判断へ戻ってくる循環として考えた。図は理解のために順番に並べているが、実際の仕事が必ず一列になるという意味ではない。説明を考えて製品へ戻ることも、作る前に仮説を確かめることもある。

例えば、食事条件を店員へ伝える場面について、具体的な困りごとが見つかったとする。

その課題に取り組む価値があるかを考える。誰のために、どの場面を支えるかを絞る。どう収益へつなげられるかを検討し、製品の内容と、利用場面の説明を考える。必要な変更を作り、反応を確かめる。

そこで「この機能は分かりにくい」という反応が出れば、説明だけを直せばよいとは限らない。製品の設計に問題があるのかもしれない。想定した利用場面が違うのかもしれない。

結果から戻れるようにしておけば、機能を増やし続ける以外の選択肢が生まれる。

私にとってBusiness OSは、事業を継続して発見し、作り、届け、学ぶための、ルールと情報と仕事の流れの集合だった。

成功する方法を一つ見つけた、という感覚ではない。どこで思い込みが生まれ、どこからやり直せるかを、少し見えるようにしたかった。

ここまでが、Business OSという考え方へ至る前編だ。後編では、九つのOS、情報の受け渡し、意見が割れたときの判断を整理し、まずJDCで一周させる方法を考える。

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